お久しぶりです。ほとんど鈴鹿校、ときたま白子校の村田です。 オネスト19期生の受験が終了しました。オネスト19期生の子どもたちは、自分たちが頑張ってきたことを信じ、「みんなで頑張る」という集団授業の最大のメリットを生かし、高校受験という高い壁を見事に乗り越えてくれました。下記は3月24日の新聞折り込み募集チラシですが、その一部にオネスト19期生の努力の結晶を掲載しました。見えにくいかもしれませんが・・・。
オネスト19期生の学年は、塾講師としての立場はもちろんですが、それだけでなく、我が子のような保護者の立場でもがっつり寄り添わせてくれた学年でした。なぜか我が子のように教科指導や受験指導をしました。これまでも熱く親身に全力で指導してきたつもりですが、この学年はそれだけではない自分の中に何か新しい感覚を生み出してくれた学年でした。本当に不思議な学年でした。とても感謝しています。講師と親双方の立場で子どもたちを見守る中、受験までの道のりはとても険しくそして疲れました。なかなか勉強が前に進めずに涙、数学がわからな過ぎて涙、思い通りに成績が上がらずに涙、ライバルたちに差をつけられて涙、数学の点数が取れずに涙、志望校のボーダーに届かずに涙、志望校をどうするかで涙、この1年間本当にたくさんの子どもたちの涙を見ました。本気になって勉強しているからこその涙です。その度に私も辛い思いをしました。また、3月18日後期選抜の発表日当日に、おそらくいてもたってもいられなかったのでしょう。発表5分前の9時25分に校舎にやってきた子どももいました。パソコンで一緒に発表を見ました。保護者の方々とも何度も話をしました。何時間も話をしました。保護者の方から「もし、うちの子が先生の娘さんだったら、どうしますか?〇〇高校を受験させますか?」と何度も逆質問されました。その度にいろいろな角度から子どもたちの進路を真剣に考えました。そのことが良かったのか、悪かったのかはわかりませんが、今は清々しい気持ちでいっぱいです。おそらく子どもたちや保護者の方々と一緒に高校受験を乗り越えたという達成感があるからかもしれません。保護者の方々には本当にお世話になりました。進学塾オネストには高校生のコースはありませんので、高校受験がオネストではゴールになります。とりあえず塾講師としての責任はある程度果たせたのかな~?と思っています。これからは少し離れた第二の保護者として、この子たちの成長を時々無責任に口出しをしながら、自分がしてあげられることをし、立派な大人になっていく過程を見届けたいと思っています。大いに期待しながら・・・。
「オネスト19期生のみなさん、迷惑かもしれませんがこれからもよろしくお願いします。」
私には3人の娘がいます。長女はつい先日大学を卒業しました。涙する場面がほとんどないまま父親としての初めての大学の卒業式が終わりました。この4月から保育士として働きます。次女は大学3年生になります。これから夢である児童福祉司に向けての就活が始まります。末っ娘は4月から中学校生活をスタートさせます。中学生になってもオネストを続けるかどうか迷っています。どうも考え方や行動が個性的でとっても手を焼いています。上2人の娘が大学生になり、少しずつ父親として子育てに関われることが少なくなって、19期生の子どもたちが我が子のように見えたのは、その物足りなさや寂しさをオネストの子どもたちに重ね合わせていたのかなぁ~と自己分析しています。オネスト19期生の子どもたちを送り出して気づいたことですが、「まだまだ父親として娘たちと関わらな駄目やで~。もっともっと娘たちを見守らな駄目やで~。」
社会に出た長女にどう寄り添えるのか?次女の就活のサポートに何ができるのか?末っ娘はどちらかというと集団よりも個別で伸びるタイプのような気が・・・。オネストに通わなくてもいろいろ寄り添えるかも?などなど。この19期生の子どもたちのおかげでいろいろと気づかされたことが多いです。ありがとうございました。子育ての節目は今までたくさん経験してきましたが、そのゴールがどこにあるのか、人によってゴールは様々だと思いますが、模索活動と探求活動をこれからも続けいきたいと思っています。
最後になりましたが、コロナで自粛していた「進学塾オネスト進学パーティー」を先日4年ぶりに実施しました。(上写真)めちゃくちゃ楽しかったです。やっぱりこのパーティーをしてあげて子どもたちを送り出さなければ…と再確認しました。あと、最後の授業が終わって、卒業する子どもたちから手紙や写真などなど感動する贈り物をいろいろともらいました。講師冥利に尽きます。ありがとうございます。一生の宝物にします。 読みづらい長い文章ですみませんでした。
それでは、また会いましょう。
村田 泰洋